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コミュニティ・オーガナイジングとアクティビスタ ♯4
グローバリゼーションとコミュニティ・オーガナイジング
2003.10.27(月)
この日から3日間にわたって、LOCOA(Leaders and Organizations in Community Organization in Asia)という組織のワークショップが開催された。
LOCOAという組織については、実は私もあまりよくわかっていないので、もう少し調べてからいつかこのサイトでも書きたいと思っている。ごくごく簡単に説明するなら、LOCOAとは、1971年に設立されたACPO(Asian Committee for Peoplie's Organization)を受け継ぐ組織で、アジア地域のオーガナイザーたちの連合体である。
大規模開発によるスクワッター(不法居住者)の立ち退きが頻繁におこなわれるようになった1970年代のフィリピンに、シカゴのスラム街で公民権運動のコミュニティ・オーガナイザーであったソウル・アリンスキーの理論が、ホワイト牧師らアメリカ人のミッショナリーたちによって持ち込まれた。その方法論を元として、アジアの各国にコミュニティー・オアーガナイザーの訓練機関を創設するための機関として置かれたのがACPOであった。フィリピンでは1970年にPECCO(Philippine Ecumenical Committee for Community Organizer)という訓練機関が設置され、そこで訓練を受けた人々が、次なる訓練者として育っていった。PECCOは1977年に改編されてCOPE(Community Organization of the Philippine Enterprise)となった。このCOPEと、ホワイト牧師らと共に当時宣教師としてマニラでオーガナイジング業務に従事したデニス・マーフィー氏が代表を務めるオーガナイザー派遣機関のUPA(Urban Poor Associates)、そして、私が日頃よりお世話になっている、オーガナイザーや住民リーダーの育成を専門とするCOM(Community Organizers Multiversity)の3つが、姉妹組織として現在も活動している。
そのため、今回のLOCOAのワークショップの参加者も、インド、インドネシア、韓国からの数人の参加者を除けば、この3組織のスタッフやコミュニティ・オーガナイザーが大半であった。また、LOCOAは専属の事務スタッフをもたないので、ワークショップの運営を支えたのもまた、この3組織のスタッフであった。

ワークショップのテーマは"Globalization and Peoples Movement in Asia"。どうも、いまひとつピンと来ない言葉である。 なぜ、グローバリゼーションなのか。なぜ、それととアジアの民衆運動を同時に語る必要があるのか?だいたい、私は「反ODA運動」以上に、「反グローバリズム運動」に対してきわめて批判的である。一部の過激な人々の「直接蜂起」に近い形で起こり、その規模によってメディアの注目を集めているいわゆる「反グローバリズム運動」と、フィリピンで目にしてきたコミュニティ・オーガナイジングの試みとは、私の中では、あまり結びつかないものだった。特に、このワークショップの参加者は主に都市で活動するオーガナイザーたちであっただけに、なおさらその疑問は強かった。

午前中は、Jan Clarkという人の講演ビデオを見ながら、「グローバリズムの何が問題か」を整理。ここでさっそく 「農村では、自国の農作物が売れないなどの深刻な問題に直面してグローバリゼーションに対して住民が『意識化』されることはあるだろうが、では、グローバリズムが都市にもたらす問題は何なのか、どうすれば、都市の住民運動はグローバリズムにかかわりをもつことができるのか」という疑問が挙がった。議論の結果、1)インフォーマルセクター従事者への打撃、2)土地の値上がり、3)政府の商工業地拡大政策に伴う立ち退き、4)労働問題、とくに契約労働者の失業、5)インターネットの過度の普及による子どものゲーム漬け、暴力やドラッグなどの悪い情報の氾濫、6)安い外国製品の氾濫による国内産業の不振、7)自国文化の軽視、が挙げられた。
…本当なのだろうか?それらは確かに大きな社会問題だが、本当に、グローバリゼーションによって引き起こされた問題なのだろうか? そんなに何でも、グローバリゼーションのせいにしてしまってよいのだろうか。私の脳裏には、さっそくそうした疑問が走る。

午後におこなわれた第二の基調講演は、フィリピン大学社会学部教授で、反グローバリズムのパイオニア的NGOである"Focus on the Global South"代表のウォルデン・ベロー氏。
彼は「グローバル経済の歴史と変遷」を主題として話されたが、結論は「グローバル経済におけるアメリカの一国主義と、政治の世界に見るアメリカのイラク攻撃は同じ問題である」ということだった。

1947年に設立されたWTOの前身であるGATTは、当初は欧米間の貿易問題を解決するための機関だった。その後、日本が先進国の仲間入りし、韓国や東南アジアが経済発展してくると、そのたびに新しい交渉の枠組み(ラウンド)を作って展開したものの、依然として先進国が交渉の中心だった。冷戦時代には、ソ連という自由貿易国にとって共通の敵が存在していたため、秩序のある交渉がなされていた。
この流れを変えたのが冷戦後の1994年に合意したウルグアイラウンドで、冷戦後の新しい世界貿易体制を確立することをめざし、発展途上国までを含む新しい枠組みを作った。
だが、「WTOは欧米に都合の良い貿易体制を作るだけの仕組みではないか」という途上国の反発に、欧米で始まった「反グローバリゼーション」の市民運動が結合し、1999年にシアトルで開かれたWTOの会議は失敗に終わった。
2001年11月にカタールのドーハで開かれた会議では、「先進国、とくにEUの農業保護政策が途上国の農業輸出を阻害している」という議論が出され、アメリカと途上国が組んでEUを攻撃した。しかし、2002年に入ると、アメリカすらも農業補助金を大幅増額していく法律を施行した。ウルグアイラウンド以降、一貫してWTOの方針に沿って農業補助金を減らす政策をとっていたアメリカであるが、ブッシュ政権はWTOを軽視する傾向を強めている。ベロー氏の言葉では"Free market for others, protection for US."というダブル・スタンダードで臨んでいるという。
今年の9月10日から14日まで、メキシコのカンクンで行われたWTOの第5回閣僚会議は決裂におわった。これまで自由化を推進してきたアメリカとEUが急に保護政策に転じたのである。アメリカの一強主義に反発するNGOと途上国政府が、アメリカを批判。イギリスは西アフリカの綿花生産国とともにアメリカの綿花補助金制度の廃止と西アフリカの綿花農家への賠償金の支払いを求めるが、。綿花農家と政治家との癒着が強いアメリカは、そもそも綿花補助金問題を議題にすることを拒否した。アフリカ諸国は「ならば投資問題などを議題にすることに対して拒否権を発動する」と発言。一方、農業補助金問題を話し合いたくないEUは「農業問題を議題にしてもいいが、その前に投資問題などを話し合わうべき」と主張し、途上国側と対立、こうしたなか、カンクン会議はほとんど何も決められないまま閉幕した。
カンクン会議では、ブラジルのルナ氏が提唱し、インド、中国、南アフリカなどの途上国21ヶ国が「グループ21」という勢力を形成し、今後、アメリカやEUに対抗する第3の世界的勢力となっていく可能性がある。このように、NGOから始まった反グローバリズムの運動は、いまや途上国政府の声となったのである。

後半、ベロー氏の矛先はもっぱらアメリカに向けられていたが、ときどき「日本批判」もなさっていた。曰く、日本自身も産業政策や「系列」システムなど社会主義的な「強い国家」を基盤に発展してきたのだから、日本には他国に自由化を押し付ける権利はないのだとか、日本は途上国の安い労働力と緩い環境規制、85年以降の円の強さを利用してアジアに進出し、労働集約的産業において、加工貿易・逆輸入で莫大な利益を上げたのであるとか…。

質疑応答の時間になり、参加者からは、午前と同じく、「グローバリズムが都市にもたらす問題は何なのか」という問題が提起された。自害した韓国のイ氏は農民であった。農民には、グローバリズムや自由化の問題点が直接的に認識されているのかもしれないが、都市住民にそれが当てはまるのかと。ベロー氏のコメントは、
「タイの都市貧困者がある日、バンコクのマクドナルドに火をつけるのだと暴れていた。その行為はもちろんよくないのであり、ターゲットは選ぶべきだが、彼が自分の内面に、マクドナルドが自分の敵であるという意識を持ったことを私たちは重要視すべきである。」
…それは、答えになっているのだろうか?

ほかにも、「経済指標」にはインフォーマルセクターは反映されないが、それはどう考えればよいのか、ポルトアレグレでおこなわれた過去3回の世界社会フォーラムではヨーロッパや南米からの参加者が圧倒的に多く、アジアからの参加は少ないようである。アジアはコミュニティ運動や草の根の運動の歴史はあるが、グローバリズムへの関心が低いのではないか。「コミュニティ-リジョナル-ナショナル-グローバル」をどう連携させるかが今後の課題である、などなどの意見が出された。
そして、私の隣に座っていたインドネシア人のA(20代)が、こんな発言をした。
「反グローバリズムの矛先はいつも国際金融機関やアメリカに向けられるが、数々の問題を引き起こしている日本の金融機関、JBICにも目を向けるべきだ。そして、私はつくづく疑問に思う。いったい、日本のPeoples Movementはどうなっているのか。」
…そりゃそうだけれど…。ベロー氏の講演に引き続き、どうしてこんなに日本が槍玉にあがるのだ。日本人参加者は私一人なので、ここは、何か言わなくてはいけないだろう。私はノートに考えをまとめたあと、発言を決意した。
「日本のMovementはどうなっているのかという疑問に、個人の意見として答えます。その前に、私は個人としてこの席に座っているのであり、そして、ここに座りながら、Sence of Guilty(罪悪感)という感情を禁じえないということを言っておきたいのです。世界を北と南の2つに分けるとすれば、日本は北です。OppresserとOppressedに分けるとすれば、Oppresserです。その分類は、私にSence of Guiltyをもたらします。それが私の根本にあり、私はそれに基づいて話します。結論から言えば、日本にもMovementはあります。ODA改革運動もあれば、反ODA運動も、反グローバリゼーション運動もあります。ただ、私は3つの問題を感じています。第一に、日本人にとって、この問題はとても繊細です。なぜかと言えば、私たちは北の国に住んでおり、グローバリゼーションの恩恵を受けながら、ネグロスの農民の搾取の下に日本に届いたのかもしれない安いバナナをエンジョイしているからです。なぜ、彼らは貧しく、私は豊かなのか、と考えはじめると、私はSence of Guiltyを感じざるを得ません。私が日本で社会運動に関わるようになったのはそのSence of Guiltyからです。をグローバリゼーションや貧困やODAによって苦しむ人々について語るとき、私たちは、自分のこの指を自分自身に向けなくてはなりません。これはとても複雑な感情になります。援助は偽善だと言う人もいます。そうした中、人々をシンプルな言葉で『団結』させたり『動員』したりすることはできないのです。第二に、Movement内部の不和があります。すべてがAnti-GlobalizationとかAnti-ODAという統一の運動に収斂するわけではありません。Reform-ODAとAnti-ODAは違いますし、Reform-Globalization Anti-Globalizationは違います。ODAに問題を感じる人がいるのは確かでしょう。私もそうです。しかし、だからといって、Anti-ODA運動に参加しようとは思いません。それはあまりに急進的に聞こえます。Anti-という運動は左派的にきこえるし、実際に左派のグループもいます。イデオロギーについて説明するのは難しいのですが、私たちの左派への警戒は少なくともフィリピンよりは強いのです。穏健な学生が左派的な運動に参加するにはよほど強い動機が必要です。第三に、Anti-ODA運動は、短期的に広げようとすると、逆に悪い結果を招くのではないかと思います。いくつものNGOが、ODAが問題だとされている場所に学生や市民をほんの数日間だけ連れて行ったり、ODAがどれだけひどいかという点についてセミナーで説明したりします。けれど、すべてのODAが悪いわけでもなければ、そのNGOが言っていることがすべて正しいわけでもない。大抵の場合、政府はそれと逆のことを主張していて、それが問題なのです。単純に『インドネシアのコトバンジャンダムは人々を殺している!』、『日本のODAは帝国主義的だ!』などと叫ぶ市民が増えたところで、話し合いはあまり進まないのではないかと思います。ODAのしくみはとても複雑で、政府の側には専門知識があります。いくら市民が何か言っても、素人の感情的な意見に過ぎないと思われてしまったのでは意味がありません。」

セッション修了後、COMのオーガナイザーであるBがさっそく
「saging、君こそ、感情的なアクティビスタだよ、Sence of Guiltyを持ち出すなんて。そんなこと、フィリピン人に理解できると思うか?」
と冷やかしてきた。
私「そんなことないもん、私はfence-sitter(日和見主義者)ですから。」
B「なんだよ、fence-sitterって。」
どうやら、fence-sitterという英語は彼には伝わらなかったらしい。
「opportunistのことだよ、B。」
と、横から、インドネシア人のAが口を挟む。
「なんだ、フェンスに座るのかと思った。君はやめたほうがいいよ、落ちると危ないから。A、知ってるか? sagingはジープニーから落ちたんだぜ。」
実際にフェンスに腰掛けてタバコを吸いながらBが言う(私がジープニーから落ちた顛末については、「ジープニー転落事故」をご覧ください)。
A「いや、君を責めるつもりはないんだ。でも、僕はインドネシアで、大規模開発や日本のJBICと闘っている。君の意見はおもしろかったよ。君はぜんぜん、opportunistじゃないと思うよ。」
B「当たり前だ。誰もsagingを責めちゃいないし、彼女はアクティビスタだからね。」
まったくなぜ、彼らは私をアクティビスタにしたいのだろう…。
「Anyway、"Asian People Unite Tonight" (←言葉遊びのようなBのこの言葉はのちにこのワークショップの合言葉になる)という結論に変わりはない。saging、君も含めてだよ。で、これからさっそく、uniteの第一ステップとして、ビール(フィリピンでビールと言えばサンミゲル・ビールである)でも飲みに行こうか」
ということになったが、そこで、ほかのフィリピン人参加者から「待った」がかかった。

実はこの日、3日前に起こったヒラリオ・ダビデ最高裁判所長官に対する弾劾請求弾劾請求を不当だと主張する法曹界、大学関係者、市民の抗議集会が3000人から5000人規模で、BATASAN(下院)前でおこなわれており、LOCOAのワークショップの最後に、そこに行ってきた方からの報告もおこなわれた。選挙前なのこの運動が政治的な組織やイデオロギーに利用されないよう、また、運動が分断されてしまわぬように主催者(誰かは不明)たちは気を使っているとのことであったが、今回は、市民団体や政治団体は少なく、大学の法学部や法曹関係者、カトリック教会のシスターたちの参加が主だったという。制度的民主主義の代弁者であるはずの法曹関係者が直接行動に出るというのは、私にとっては信じがたいのだが…。本当に、何かというとすぐに抗議集会や街頭ラリーがおこなわれる国だ。いつも、各団体がどうやって呼びかけって動員をかけるのか不思議でならなかったが、最近、しくみがつかめるようになってきた。多くの場合は、活動家どうしの個人的なネットワークや組織間のつながりで「明日下院前広場に集合」といったような情報が、携帯電話のテキスト・メッセージを通して流れるのだそうだ。
なお、「この弾劾を不当だと思う人はサンミゲル・ビールをボイコットしよう」という運動も起こっているという。弾劾請求をおこなった議員がNPC(民主主義国民連合)の出身で、NPCは、食品・飲料企業サンミゲル社の会長兼CEOのコファンコ氏の支持を前面に受けているためである。インドネシア人のAは、「難しすぎて外国人には理解しがたい話だ」とつぶやいていたし、フィリピン人の参加者からは「だったら何を飲めばいいんだ! 2倍の値段のハイネケンを飲めというのか?」という声が上がった。「飲まなきゃいいじゃない」とは、アルコールを口にしない人の弁だが…。
「ある人は、グローバリズムに抵抗してマクドナルドをボイコットし、自国製品を大切にしようと言う。そしたら今度は、自国製品であるサンミゲルをボイコットしろと? そんなこと言ってたら、選択肢がなくなってしまうじゃないか。理念はいいけど、あまりにも非現実的だ」
という声もあった。確かに。でも、運動とはまあそんなものだろう。

というわけで、残念ながら、この晩、サンミゲルビールを飲む会は延期となった。


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なお、グローバリズム運動を批判的に捉えた分析に、私の好きなサイト田中宇の国際ニュース解説がある。このたび、Fence-sittingのページに「反グローバリゼーション運動―田中宇氏のホームページから」に、WTOと市民運動に関する田中氏の以下の記事に関する紹介を加えたので、よろしければどうぞ。
シアトルWTO会議をめぐる奇妙な騒乱 (1999.12.6)
世界を支配するNGOネットワーク (1999.12.13)
復活する国際左翼運動 (2000.5.11)
復活する国際左翼運動(2) 矛盾のパワー (2000.5.15)


        
 

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