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2004年大統領選挙 ♯7
選挙当日 その1  混乱の投票場
2004.5.10(月)
選挙当日のことを簡単にご報告しておきます。

ほかの地区はわからないが、メトロマニラの投票時間は一律、朝7時から午後3時まで。投票場所は各地域の小学校、会場設営や登録などの仕事は小学校の先生が担当する(フィリピンはいまちょうど2ヶ月の夏休み中)。彼らやもっとも、ポールウォッチャー(各政党や候補者に個別に雇われる選挙監視委員)は5時半に集合だったらしい。

私はまず、朝6時にマニラ市P地区へ。私の下宿から川を隔てた対岸、渡し舟に乗ればで5分のところにあるこの地で、私は昨年、川沿いのスクワッター地区立ち退きに反対する住民組織に関する調査をさせていただいた。この住民組織は、現職のマニラ市議会議員オカンポ氏からサポートを受けており、今年に入ってからというもの、オカンポ氏の選挙キャンペーンに奔走している。住民組織そのものの活動は休止され、この住民組織自体がキャンペーンの主体になっているのである。オカンポ氏は現職のマニラ市のアチェンサ市長と組んでおり、アチェンサ市長はアロヨ大統領と組んでいることから、彼らはアロヨ大統領の熱烈な支持者でもある。それでなくとも、P地区には、アロヨ大統領の父であるマカパガル大統領が建てたマニラで最初の集合住宅があり、P地区の人々はおおむねアロヨ大統領派である。
6時に私が到着したときは、投票所は開いてもいないのにすでに黒山の人だかり。私が調査をさせていただいた住民組織の方々も、各自それぞれ、ポールウォッチャーやモニターなどの仕事でお忙しそうである。
7時を少し過ぎて、やっと投票所がオープン。なぜそんなに「いの一番に」投票したいのかわからないのだが、いっせいに投票所に殺到。といっても、日本のように体育館で投票するのではなく、教室を使うため、住所によって部屋が細かく分かれており、人々はまず、入り口の掲示板で自分がどこの教室で投票するのかを調べる。何しろ、教室は50くらいあるので、下手をすると部屋を探すだけで30分くらいかかってしまう。皆、かなり右往左往している。

教室の入り口で名前と指紋をチェックされるので、有権者以外はそれ以上中へは入れない。ときいていたが、教室には窓がなくて中が丸見えなので、外から覗き放題。おまけに、住民組織のリーダーの方々が係員の方々にお願いしてくださり、特別に便宜を図ってもらって、投票用紙をもらって指紋を押して記入して箱に入れる、という一連の手続きをとっくりと観察させていただいた。次々に顔見知りの住民組織の方々が現れ、いろいろと説明してくださった。写真を撮ってはいけないことになっているはずなのに、写真を撮れ、撮れとまでおっしゃる。

投票所の外では、この期に及んで、各候補者の作った模擬投票用紙や、候補者の顔写真入りのしおり、うちわなどを配っている。もらいながら歩いていると、あっという間に両手いっぱいに紙がたまってしまい、まるで、マンモス大学の入学式におけるサークル勧誘のビラのようである。しかし、もらってすぐ捨てる人もいれば、選んで捨てる人もいて、道路はごみだらけ、もとの地面が見えないほど真っ白に紙が積もっている。(写真参照)
さすがP地区、アロヨ大統領グッズが多く配られていて、私も、アロヨ氏の顔写真入りのうちわ、ブックマーク、カレンダー、ミニカレンダー、リボンなどをいただいた。

投票場である小学校の周り。
捨てられた模擬投票用紙で
地面が真っ白です。

(マニラ市P地区)
投票場から30M以上離れていれば
模擬投票用紙、ビラなどの
配布をしてもよいらしい。
ぎりぎりの地点でビラを配る人々。

(マニラ市P地区)
投票場。教室の入り口に
このような看板が出ていて、
どの番地の住民のための部屋か
記されている。
廊下にある選挙者名簿から
自分の名前を探し、教室の番号を
確かめる有権者。

(マニラ市サンタアナ)
教室を探し当てると、
その入り口の受付へ。
名前を確認され、指紋を押す。

(マニラ市サンタアナ)
直角に折り曲げた厚紙で
手元を隠しながら記入。
この厚紙の内側には、
すべての候補者のリストが
小さな字でびっしり印刷されている。

(マニラ市P地区)
そして投票。(マニラ市P地区)
※この方は私の知人です

次に、同じマニラ市で、スクワッターで有名な海岸沿いのトンド地区のPA地区へ移動。ここは私が第二の調査地に選んだ場所で、元エストラダを依然として支持する住民が多い。ここでは、フェルナンド・ポーの支持組織による模擬投票用紙や、エストラダ大統領の逮捕は不当だとするPMAP(Peoples Movement Against Poverty、今回の選挙からParty-Listに登録された)という組織のビラなどがたくさん配られていた。そんな中でアロヨ政権を支持している住民組織のリーダーの方々にお会いし、この地区の近況について少しお話した。が、なにしろひどく混雑していて投票所の近くはもうそれはそれは大騒ぎなので、あまり長くとどまることはできなかった。なにしろ、18000世帯の住むこのPA地区で、投票所になるような小学校はここ一箇所のみ、さらには、近所であるディビソリア地区からもこちらに来ているので、人は多く、みなそれぞれに自分の行くべき教室を探してごった返している。加えて、この地区では日常茶飯事の「喧嘩」があちこちで勃発。政治的な議論をしている人もいれば、まったく関係のない些細なことで大声で罵り合っている人々もいて、それを止めに入った人がさらに喧嘩に巻き込まれたり…もはやここの投票所は修羅場と化していた。

その2へつづく。


        
 

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